近現代日本における宗教と男性性の研究ー安岡正篤を中心にー

 ブラィアン・ ヴィクトリア「禅と戦争―禅仏教は戦争に協力したか 」(光人社、2001年(原文1997年))および、 足立之義「禅のすすめー自衛隊と禅」(海上自衛隊第一術科学校、1973年)を注文しました。日本の禅宗の戦争協力についての本格的な実証研究は、曹洞宗アメリカ人僧侶の手になるこの本と、水田全一「戦闘機「臨済号」献納への道―「検証」臨済宗の戦争協力」(かもがわ出版、2001年)くらいしか存在しません。そもそも、日本では、自衛隊(または軍隊一般)についての本格的な実証研究がきわめて乏しいのです。戦後、大学研究者には、空想的平和主義を信奉する左翼的知識人が多かったせいでしょう。佐藤文香「軍事組織とジェンダー自衛隊の女性たち」(慶應義塾大学出版会、2004年)は例外的な書物です。
 ましてや、安岡正篤(1898-1983)のような宗門外部の曹洞宗シンパでもあった右翼思想家については、アカデミズムからのアプローチは、川井良浩「安岡正篤の研究ー民本主義の形成と展開」(明窓書房、2006年)くらいしか存在しません。小島毅「近代日本の陽明学」(講談社選書メチエ、2006年)でも、安岡研究は「今後に残された課題」と位置づけられています。加藤周一のように、「戦後、日本では儒教的な伝統は消滅した」と見るのは、早計です。日本の禅宗が現在米軍に「軍事利用」されている原因のひとつは、第二次世界大戦における戦争責任を自らの手できちんと総括していないことと関係しているでしょう。日本の禅宗における、江代時代以来の「剣禅一如」の伝統が、禅宗が軍事利用される原因のひとつではないかと思われます。

戦争維持装置としての「禅」 http://d.hatena.ne.jp/kkumata/20090917
安岡正篤」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%B2%A1%E6%AD%A3%E7%AF%A4