アルコール依存症者の男性と権力について

(熊田註;精神科病棟病室の)「牢名主」はアルコール依存症の人が多いようにみえます。アルコール依存症の人の多くは病院の催しもので活躍したがるのですが、私は彼らを絶対にヒラにしてきました。彼らにはヒラを体験させることが重要な治療的体験です。病院で権力をふるわせること(奉仕のかたちをとる権力欲の満足が少なくありません)は、自分の支配する小世界での権力欲と同じ構造をもっています。社会に出て、そんな小世界を見つけるのはたやすいことです。まず、配偶者と子ども―。
(中略)
 このころ(熊田註;断酒が続き始めたころ)奇装をする人やヒゲを立てる人がいます。これを母親や夫人が止めるのは勧められません。私は「やめさせたら私は知りませんよ」とまで言います(後略)(中井久夫「こんなとき私はどうしてきたか」医学書院、2007年、pp.102-103)。


*近代的男性性と権力の骨がらみの関係―表面的には「奉仕」のかたちをとることすら多い―をよく示している文章だと思います。「奇装」や「ヒゲ」は、「男性性」のシンボルで、それによって「権力欲」を無害な形に「置き換え」(displacement)することができるのでしょう。信田さよ子さんは、著書『依存症』(文春新書、2000年)のなかで、AA(断酒の自助グループ)で断酒に成功した男性は、牢名主のようになるか、去勢されたようになるかのどちらかだと指摘していますが、ヒゲを立てたり奇装したりするのは「第三の道」なのでしょう。