ママカースト

http://mainichi.jp/select/news/20130518mog00m040010000c.html より転載
ママカースト:収入差や生活スタイルで序列化 母親たちを呪縛


◇部屋の広さ、受験、ブランドもの…育児期の深刻な悩みに


 <差異のあげつらいは、住まいから始まって、いずれ幼稚園の選択、そして小学校受験の可否にかかっていくのだろう−−>。桐野夏生さん(61)が今年2月に発表した小説「ハピネス」(光文社)の一節だ。貧富の差や生活スタイルの違いに根差した序列の構造が、子を持つ母親たちを呪縛する。そんな「ママカースト」の世界をのぞいた。
 <空気が合わないので、育児の拠点を移します>
 東京都内の30代の女性看護師は、ママ友の一人から届いたメールに驚いた。
 自宅近くの児童館で一緒に子供を遊ばせる仲。1年以上何ごともなく、楽しく付き合ってきたつもりだった。そのママ友がある時からぱったり姿を見せなくなり、連絡も途絶えてしまった。思い切って「何かあったの?」とメールをしたところ、返ってきたのが“絶縁宣言”だった。
 「そういえば……」。同じママ友グループ内に、娘にいつもかわいい洋服を着せ、次々と新しいものを買い与える母親がいた。実家の援助があり、見た目も派手だった。一方、<空気が合わない>と書いたママ友は節約に励み、昼食も持参した弁当で済ませるほどだった。当然、娘の持ち物もほどほどだ。
 「夫の収入が少ないことを彼女は気にしていました。女の子同士だと違いも見えやすいですしね。うちは男の子で良かった」。そう語る女性自身、会社員と結婚し、子供は「地域で普通に育ってくれればいい」との考え。数年前に夫の実家に近い今の場所に引っ越してきた時には「教育熱心で金持ちが多いところ」と耳にしたが、だからといって特に意識はしなかった。
 だが、この一件があってから「しばらくはトラウマで、ママ友付き合いをするのが怖かった」と振り返る。
 冒頭のメールの続き。新たな<育児の拠点>とは、いわゆる下町地区。<どれだけお金をかけずに育児ができるかを実践できるところ>という文章に解放感がにじむ。遠くはなく、引っ越しをしたかどうかは分からない。派手ママの方は気にも留めず「学費の高い私立に子供を入れないとばかにされちゃう」と、娘の幼稚園選びに頭を悩ませているとか。
 「以前は生活のレベルなんて意識せずに暮らしていたのに。子供ができると、こんなにも周囲のことが気になるものなのでしょうか」。女性はため息をつく。
 2児の母で「ママ友のオキテ。」(ぶんか社)の著書がある漫画家の又野尚さんは「子供が小さいうちはどうしても行動範囲が限られるので、例えばランチは近場で、というように母親たちは同じように動ける仲間を求めます。しかし実際には世帯収入などによって服の趣味から習い事、ランチのお店までお金のかけ方が全く違いますから、身の丈に合わないグループに入ってしまうと苦しむことになる」と語る。
 別の都内の女性(40)は、夫の転勤で住んだ名古屋での経験が忘れられない。
 3児の母。普通のサラリーマン家庭なので家賃の安い地域に住んだつもりだったが、ネットで知り合ったママ友に誘われて入った育児サークルが問題だった。地元の資産家が仕切っており、全員がブランドバッグを持って現れた。どこかの家に集まる時はデパートで購入した菓子を持参、資産家の“ボス”よりランクの高いバッグは持ってはいけない……暗黙のルールは多岐にわたった。
 「『次はお宅で集まりましょう』と言われたときは、結婚式の引き出物としていただいた新品の食器を引っ張り出しましたよ」。女性は笑う。この「苦い経験」から、東京への転勤が決まると、地元のスーパーの価格や主婦たちがどんな服装をしているかをチェックしてから住むところを選んだ。「幼稚園だって同じ価値観の人が集まる場所だから、事前調査は欠かせない。初めて会った人は必ず服装や雰囲気を見ますよ」
 そうやって母親たちは「常に相手の生活レベルをチェックし、自分の立ち位置を確認している。その結果、同質の集団ができあがるのです」(又野さん)。個々の集団は世帯収入などによっておのずと序列化し、ひいてはママ社会全体の階層化につながっていく。それがママカースト現象だ。カーストを決めるものは、右の又野さんの漫画にあるようにマンション内の部屋のグレードだったり、持っているもののブランドのランクだったりする。
 昨年、30代の子育て女性をターゲットにしたファッション誌「VERY」に連載された「ハピネス」は、このママカーストの中でもがく女性を描いた小説だ。
 高級タワーマンションに住む主人公の有紗は、ママ友グループの中でも格下の部屋に住み、地方出身で夫と離婚寸前であることを隠している。一方、グループの中心人物である「いぶママ」は価値の高い上層階に住み、センス良くブランド品を着こなし、子供に有名私立幼稚園を受験させる。有紗はうそを重ねてまでグループ内での立場を守ろうとする。より低いカーストに落とされないように−−。
 「学校内で生徒間に序列が生じる『スクールカースト』があると聞いていたので、ママ友という集団にもカーストがあるだろうと考えたのが執筆のきっかけです」。作者の桐野さんはそう語る。自らも子育ての経験があるが「その頃に比べると社会の同調圧力が強まっている。以前は他人と違っていることが格好良かったけれど、今は『個性的』って、あまりいい意味ではない。ママたちは同じでありたいし、同じじゃなきゃ許さないでしょう」。
 カーストから外れることを恐れるのはなぜか。桐野さんはママ友社会に漂う緊張感を挙げる。「少子化の今は子育てでの“失敗”が許されない空気がある。かつては兄弟姉妹が多く、一人ぐらいは出来の悪い子がいたりしても社会は寛容だった。現代は子供の存在がその家庭の象徴になってしまっている。しかも格差の広がりで勝ち組・負け組と言われるようになり、子育ての責任を負わされた母親は自分や子供のレベルを落とさないようにと必死なんです。自由なようで自由じゃない。子育てという牢獄(ろうごく)の中にいる。その緊張感が特に都会で強まっているように感じます」
 「フェイスブックツイッターなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の広がりで、お互いの生活をのぞき見ることが容易になり、これまで気づかなかった自分との差異に気づいてしまったということもあるのでは」。そう指摘するのはママ友事情に詳しいジャーナリストの白河桃子さんだ。さらに「一億総中流の時代が終わり、リストラなどがあり将来の希望を感じられずにいるので、ママ友社会でも自分の立ち位置がより気になるのかもしれません。ただ、自分にあった集団を見つけて幸せならばいいけれど、『この位置で自分は大丈夫?』とおびえながら暮らしていくのは不幸なことですよね」。
 <あれほどいぶママを素敵な女性だと憧れていたのに、俊平がまったく興味を示さなかったことにも内心驚いていた。夢から覚めたような気分だった>。物語の後半、有紗は夫の俊平と関係を修復していくにつれ、ママ友グループに対するこだわりをなくしていく。「有紗がいたのは女性が美しさにこだわり、マメで暇じゃなければやっていけない世界。なぜそんなところにいられるかというと、それ以外に濃密な人間関係を持っていないからです」と桐野さん。「だからこそ小さなグループに属していないと安心できない。例えば彼氏とは言わないまでも、夫と親密な関係を築けたら、ママ友グループ内での立ち位置なんかどうでもいい、ママカーストなんて気にしないはずです」
 親密ではないのに息苦しいママ友の世界。解放へのカギは、身近なのに見向きもしなかった夫が握っているのかもしれない。【田村彰子】


*「女女格差」の問題です。