ロボット相手に評価練習

http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=37312 より転載
うつ治療を問う(3)ロボット相手に評価練習


 長崎大学で昨年、変わった実験が行われた。
 「動悸や頭痛はどうですか?」
 若い女性型ロボット・SAYA(さや)ちゃんに、同大保健学科教授(精神科医)の中根秀之さんが優しくたずねる。
 「いろいろ考えてると胸がドキドキしてきます」
 ロボットらしからぬ言葉が返ってくる。そんなやりとりが20分ほど続いた。
 SAYAちゃんは、東京理科大工学部教授の小林宏さんの研究室と、中根さんが共同製作したうつ病ロボット。医療関係の学生らが、うつ病の重症度評価(ハミルトンうつ病評価尺度)を学ぶために作られた。
 顔と首にはゴムなどでできた人工の筋肉が埋め込まれ、口や眉などを動かして喜怒哀楽を表す。あらかじめ決めた順に質問すると、重いうつ病患者を模した約80種類の返答をする。
 「気分が沈んだり、気がめいったりしていましたか」の質問には、顔をうつむかせ、首を左右に振りながら「あまりよくなくて」と小声で言う。「この1週間、何時に起きて何時に寝ましたか」と問うと、「なかなか寝付けなくて。疲れてはいるんですが……」とゆっくり話し、「ふう」とため息をつく。
 実験では、うつ病の知識を学んだ長崎大保健学科の学生107人が、問診の答えや表情からSAYAちゃんの重症度を評価。項目によっては評価にずれがみられることなどがわかった。
 適切な評価は、薬の量や復職時期を判断するのに欠かせないが、患者の症状の伝え方は様々だ。誤った評価で過剰な投薬や復職の遅れ、早すぎる復職による再発が起こっている。中根さんは「評価尺度を使いこなせる医師は少ない。早急な養成が必要」と指摘する。
 患者のプライバシー保護のため精神科では、学生が直接患者に接する機会は限られる。役者にうつ病患者を演じてもらう大学もあるが、言葉の調子や間合い、視線の方向などを正確に再現するのは難しく、役者によって差が出てしまう。
 中根さんは「常に同じ回答と動作ができるロボットは、精神疾患の学習用に役立つ。学生の興味も高まる」と話す。SAYAちゃんは今年、医学部や他大学の学生研修でも活用される予定。「評価が難しい軽度のうつ病プログラムも作り、教育用に普及させたい」と中根さんは話す。
 【ハミルトンうつ病評価尺度】 抑うつ気分や自責感、睡眠障害など21項目(あるいは17項目)の質問を、医師らが20〜30分かけて口頭で行い、患者の話の内容や様子から症状の軽重を点数化。うつ病の重症度を判断する。
(2011年2月25日 読売新聞)