DVは「こわがらせ、あやつる力」?

 沼崎一郎さんの「なぜ男は暴力を選ぶのかードメスティック・バイオレンス理解の初歩」(かもがわブックレット、2002年)を再読しました。親密な関係において女性が男性をこわがれば、それはDV、という「ラディカルな主観主義」によるDVの定義が採用されています。私は、日本のような人権意識の弱い社会において、DV問題についてのこういう「ラディカルな主観主義」が問題提起としての意義をもつことは認めます。こうした「ラディカルな主観主義」に接して、はじめて「私はDV被害者ではないか?」と気づく女性(あるいは、数ははるかに少ないでしょうが、「私はDV加害者ではないか?」気づく男性)は、確かに多いでしょう。しかし、DV問題を現実に解決するためには、この「ラディカルな主観主義」は、DVの定義があまりにも広すぎて役に立たないと思います。この本に関する限り、沼崎さんは男性に対して点が辛すぎると思います。平均的に女性よりも体力があるのは、男性の罪ではないと思います。