男性の女装/女性の男装

 男性の服装は許容範囲がきわめて限定されているし、しかも女性のように見られなれていないので、女装をするとたちまちみずからの性的アイデンティティが危機にさらされることになるわけだ。これに対して女性のほうは、服装に制約が少ないし、化粧などによる自己偽装になれているので、異性装によって危機的な状況に陥るということはほとんどないが、身繕いする際にあらかじめ異性からの視線を自分の視線のなかに取り込んでおかねばならないという不自由さがある(鷲田清一『ちぐはぐな身体ーファッションって何?ー』ちくま文庫、2005年(初出1995年)、p107)。


 ぼくらの性の自己了解のなかに深く浸透し、じぶんというものの身体イメージを実際にかたちづくってきたさまざまの解釈や規範はしかし、いま、どうもぼくらの存在とぎくしゃくしだしているようだ。ぼくらの身体から乾いたかさぶたのように剥がれはじめ、もはやサイズの合わなくなった制服のように感じられるようになっているかのように見える(同上、p108)。