境界例/適切な距離/相手への尊重

 まもなくその非に気づいた私は精神病の精神医療に関してだが、「適切な治療的距離」(proper distance)という概念を先人の文献から借りてきて強調した(「精神療法一般の治療機転」「精神医学」9、二七三-二七八頁、1967)。しかし実際は精神病より一見コンタクトの取りやすい、それでいて近づき過ぎて、行動化を誘発する境界例での失敗経験によるものだった。
 もっとも、この「距離」には「相手への尊重」という心理的姿勢が底になければならない。どのような例に対しても苦しさに耐える彼らへの「畏敬」、もし条件が少しだけ違えば私もまた彼らと同様の苦しさを味わったであろう運命についての「思い入れ」などを含んだ距離である。境界例治療四十年の総括として、諸家の意見を「適切な距離」という言葉でまとめたいと思うが、どうであろう(笠原嘉『境界例研究の50年』みすず書房、2012年、pp.211-212)。


*私たちは、境界例に対して、「適切な距離」と「相手への尊重」とのどちらかを忘れることが多いのかもしれません。