自殺とその予防

神田橋 (前略)
 中井久夫先生は、自殺を決意した人はすぐにわかるって。その患者さんの魂に触れられなくなる、魂がすうっと向こうに行くって。それは、中井先生のスピリチュアルな味わいなんでしょうね。名古屋市立大学の助教授時代に、回診をしていて「ああ、この人は今晩自殺する」とわかったから、当直医はいるけど自分も一緒に泊まってずっとその人を監視していた。案の定、窓から飛び降りようとしたので止めたって。そういう例がいくつかあったらしくて、「どうしてわかるんですか?」って聞いたら、「患者さんに語りかけると、返事をするけど魂がすうっと遠ざかっていく感じがするんだ」と。中井先生独特の感性なんでしょうね。
原田 以前、東京医科歯科大学の教授をなさっていた島薗安雄先生の晴和病院での回診を拝見させていただいたことがありますが、感動をおぼえることが多々あり、いまでも記憶に残っています。そのエピソードの一つですが、島薗先生が危ないなと思ううつ病の人に対して特に丁寧にご覧になって、患者さんの手を取り、横に座って「お願いだから、死なないでくださいね」って。後で先生に尋ねてみたところ、「ああいうふうに言うしかないでしょう」とおっしゃってました。島薗先生も、スピリチュアルな味わいを体験なさっていたのかと思います(神田橋・原田・渡邉・菊池『うつ病治療ー現場の工夫より−座談会』メディカルレビュー社、2010年、pp.177-178)


島薗進先生のご父君のエピソードです。一見精神医学と宗教学という対照的な道に進まれたようですが、実はある意味でごく近いということがよくわかります。