宗教に対する関心の復活

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201111160254.html より転載
いま、宗教を知りたい


 いま原発関係の本や雑誌と並んで、宗教入門書や僧侶のエッセーなどが続々と刊行されている。理由をさぐると、宗教を遠ざけてきた日本人の意識の変化が見えてきた。
 ジャーナリスト池上彰著『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』(文春新書)と社会学大澤真幸橋爪大三郎共著『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書)が売れている。『世界が見える』は7月発行で6刷21万部のベストセラー。『ふしぎな』は5月発行で8刷17万部に達した。
 どちらも企画されたのは大震災前だ。『世界が見える』は、60歳を超えた池上が、同世代の身近に感じはじめた死や宗教への疑問を専門家に聞いてみたいと考えたのが始まり。昨秋から、「ほんとうに葬式はいらないのか」「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)の意味は」などと、7人にインタビューしていた。
 そこに震災が起きた。まず「文芸春秋」誌5月特別号に「池上彰の『試練を乗り越える信仰入門』」として掲載された。新書は、震災やビンラディン殺害、中東革命を、宗教の観点から解説する1章を加え、題を「世界が見える」とした。
 文芸春秋によると、主な購読者層は男性30〜40代と50代がほぼ半々、女性は30〜40代で、想定よりかなり低い。担当編集者の渡辺彰子さんは「連日報道される国際ニュースの背景には宗教があるが、よく分からない。働く世代のニーズがあったようです」と話す。
 一方の『ふしぎな』は大澤のアイデア。大澤が「なぜ神がたくさんいてはいけないのか」「イエスは人なのか、神なのか」などの疑問を橋爪にぶつけ、キリスト教とは何か、社会への影響を論じ合った。
 講談社の担当編集者、川治豊成さんは「著者が宗教家や信者でないのがポイント。信者でない人が抱く疑問に、橋爪さんが大胆に分かりやすく単純化して答えたのが当たった」。それだけに反発や批判も大きく、ネットで話題になり、それがまた関心を高めた。
 もともと講談社新書のキリスト教関係は手堅く、ロングセラーになりやすいという。さらに昨年来、雑誌「Pen」の特集のヒットでキリスト教は出版業界の定番テーマになっている。
 雑誌では仏教や神道の入門特集が目立つ。「一個人」「日経おとなのOFF」などに加え、ビジネス誌週刊ダイヤモンド」も7月2日号で「仏教・神道大解剖」と特集を組んだ。被災者の心のケアに取り組む僧侶の話と共に、親鸞(しんらん)・法然(ほうねん)の大法要、伊勢神宮式年遷宮を取り上げ、教団組織や財政をデータでみせた。
 昨年は創価学会など「新宗教」の特集号が当たったが、震災後、田島靖久副編集長が「みんな何か救いを欲しがっている。伝統宗教は安心なんだろう」と企画した。通常より購読層が低く、期待以上に売れた。
 ビジネスマンのための歴史・教養シリーズをうたう「プレジデント」別冊は、8月16日号「仏教のチカラ」、10月29日号「禅的シンプルライフ」を出した。稲本進一編集長は「これほどの理不尽な出来事を受け止めるには宗教しかないと考えた」。ただ、売れ行きは「仏教」より、心をコントロールする方法を説く僧侶小池龍之介や、片付け術「断捨離」を載せた「禅的」が良かったという。」


■若者には一種のサブカル 大学生半数「宗教、関心ある」


 宗教社会学者の井上順孝国学院大教授は、2000年代半ば以降、宗教への関心は確実に高まっているという。「宗教と社会」学会などの昨年の学生宗教意識調査によると、非宗教系大学に通う学生2003人中、「信仰がある」という回答は7.5%、「宗教に関心がある」は46.4%で合わせて半数を超えた。また21.6%が「宗教は人間に必要だ」と答えた。
 最大の理由は「オウム事件以降の宗教への警戒感が薄れてきたため」と井上教授はみる。霊能番組が復活し、スピリチュアルやパワースポットがブームに。「若者にとっては伝統宗教も一種のサブカル。知らないから新鮮で関心をもつ」
 井上教授は震災がもたらす影響を注視している。「いつの時代も宗教や呪術的な力への関心はあり、法律やメディアなどの抑制が弱まると盛り上がる。今はオウム事件前の状況によく似ている」(伊佐恭子)