天使のたまごー「遅れてきた青年」の出オタク論

ー「無を信じることは、神を信じることと同じように強い」(伊藤整「近代日本人の発想の諸形式」、岩波文庫、1981年、p55)

 私は、押井守(1957-)のアニメ作品の最高傑作は、芸術的完成度という点では、初期の「天使のたまご」(1986年、徳間書店、2007年に再販)だと思っています。「神話を捏造した」(押井談)というこの作品は、70年安保に「遅れてきた青年」による出オタク論と見ることもできると思います。「廃墟」(ついに陸地に到達しなかったと想定された「ノアの方舟」)を舞台としたこの作品に登場する、十字架の形の銃器をもった少年と、「天使のたまご」(と本人が信じているもの)を暖めている少女は、ともに押井の分身、70年安保に「遅れてきた青年」と「夢見るオタク」でしょう。少年は、「天使のたまご」を銃器で打ち砕き、中は空であることを暴く。絶望した少女は身投げし、ラストでは異神となる。この作品には、キリスト教的世界観を借りた能楽、仏教的無常感の表現という側面があると思います。「天使のたまご」という夢に囚われていた少女は、少年によって現実に目覚め、最後は「成仏」したとも見ることができます。